「3度の逆転劇」に隠された秘密とは?
……未曽有の危機に直面した社員たちの心に火をつけ、蘇らせたのは出世競争とは無縁の異端児かつ、しなやかな信念だった……いま明かされる「平井流経営哲学」
と書かれた、カバー表紙のコピーにひきつけられて購入した『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」 日本経済新聞社(2021年7月12日)』を今読み終えたところです。平井一夫ソニーグループシニアアドバイザーの「ソニー奮闘記」ですね。
「今読み終えた」と、コメントしたように、この平井さんの哲学をすぐにでも紹介したくなり、こうしてPCのキーを打っています。
冒頭プロローグの小見出しにある「3度の会社再建」は次の言葉から始まります。
振り返れば数奇な運命をたどった会社員人生である。学生時代に好きな音楽を仕事にしたいと門をたたいたのが、CBS・ソニーだった。
平井さんがCBS・ソニーに入社したのは1984年です。そのオフィスは市ヶ谷にあり、「たった10キロ」しか離れていない親会社のソニーについては、「まったく別世界であり、自分が働く会社に、たまたまソニーの名前が入っている程度の認識だった」と語ります。
マージナル・マン(周辺の人)としてソニーに入社します。
結婚して宇都宮に自宅を購入し(仕事とプライベートははっきり線を引きたい、週末は緑多い郊外の生活を満喫する…という考えからとのこと)、新幹線通勤の日々を過ごす平井さんに1994年、変化が訪れます。
そんな生活がめまぐるしく動き始めたのが1994年の年明けのことだった。上司の部屋に呼ばれると、「君にニューヨークに行ってもらうから」と告げられた。聞いた瞬間は内心で「冗談じゃない。やめてくれよ」と思ったものだが、当時は会社の辞令を断るという雰囲気でもなく、淡々と従うほかなかった。
宇都宮に帰って妻理子に告げると「話が違うじゃない」と詰め寄られた。理子も私と同様に帰国子女で、お互いに「もう海外生活は嫌だし、日本でやっていこう」とよく話していたからだ。
帰国子女とあるように、平井さんは銀行員であった父親の転勤にあわせて、小学1年でニューヨークに、小学4年で日本に、そして中学進学前にカナダのトロントへ、さらに2年半後にまた日本に戻る、というめまぐるしい小~中学時代を送っています。
そして平井さんは「逆カルチャーショック」を実感するのです。
また日本の公立中学校で異邦人のやり直しはまっぴらだ。そもそもなぜみんな同じ制服を着て髪形まで学校に決められないといけないのか。いったい、誰がどんな理由で決めたのだろうか。日本の先生が言う「中学生らしく」なんて、とてもついていけそうにない。もちろん日本の学校にも良い部分はたくさんあるのだろうが、少なくとも当時の私の目には、日本の学校というものがとても息苦しい場所に映ってしまっていた。
「逆カルチャーショック」が平井さんの人格を形成した…!?
平井さんのソニー人生を振り返ると、この「逆カルチャーショック」の経験が、間違いなくプラスに働いていたことが伝わってきます。
「海外生活はもう、うんざり…」と感じつつも、会社の命令ということで、ニューヨークに向かいます。
東京での私の肩書は係長。ニューヨークではゼネラルマネージャー(GM)という肩書に変わったが、なんのことはない。駐在員は私ひとりで、早い話が何でも屋だ。
不本意な転勤であったが、エンタテインメントの本場であるニューヨークで音楽ビジネスに携わるのも悪くないかと思い直した。ところが、人生とは不思議なものだ。ひょんなことからプレイステーションのビジネスに携わることになる。期限つきのお手伝いのつもりが、あれよあれよという間に引き返せなくなってしまった。そこで私を待っていたのは、組織の体をまったくなさないボロボロの現場だった。疑心暗鬼と足の引っ張り合い、そしてみんながバラバラな方向を向いている……。そこで五里霧中の中を駆け抜けた日々が、経営者としての土台を創ることになろうとは、ニューヨークに渡った時点では、思いもしなかった。
私の今回のコラムのテーマは9月16日のコラム(五十嵐代表執筆)に引き続き、「1on1ミーティング」です。
1on1ミーティングの本質とは…
・1on1ミーティングの目的はメンバー(部下)の成長支援にある
・1on1ミーティングの主体はメンバー(部下)にある
・1on1のフィードバックは評価や判断を入れない
「1on1ミーティング」は「人事評価や目標設定」などの面談とは異なります。そのことを理解いただいた上で、「では実際の企業の中では、どのように進めていけばよいのか…」という内容を、今回のコラムで取り上げることを決めていました。
今こうして、平井さんが書かれた『ソニー再生』の紹介を始めていますが、この本を手に取る前は、1on1ミーティングのことはイメージしておらず(まったく、と言ってもよいと思います)、むしろ経営戦略的な内容を期待してページを繰っていったのです。
ところが…
『ソニー再生』は1on1ミーティングから始まった!
私が感じた個人的感想であることをご了解いただくとして、平井さんの「3度の逆転劇」は、MBAなどで解説される「体系だった経営戦略」とは別次元の意思決定と行動によってもたらされたものではないか… それは「1on1ミーティング」をひたすらやり続けた平井さんの哲学そのものが、その根底にあった! ということに気づかされたのです。
全体で300ページに迫るボリュームですが、あっと言う間に読み終えました。まるで小説を読むように、貪るようにページを繰っています。経営に関する専門用語はほとんど登場しません。したがって高校生でもストレスなく読み通すことができる構成です。
父親、母親が会社でどのような思いで仕事をしているのか、経営者とは何者なのか、個性あふれる人々がどうやって同じ方向を向いて仕事をすることができるのか…
といった疑問に対して、「なるほど、そういうことなのか…」と、高校生にも腹落ちできる回答が、この本にはギュッ、と詰まっているのですね。
引用にある「組織の体をまったくなさないボロボロの現場」とは、駐在員として仕事を始めたソニー・ミュージックではなく、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のアメリカ法人(SCEA)のことです。アメリカに来て1年ほどたった1995年半ばころ、CBC・ソニーグループの大先輩である丸山茂雄さんから電話で「プレステの仕事さ。ちょっと手伝ってくんない?」と、軽い口調で頼まれたのがきっかけです。
SCEはソニーグルーブの中でも重要な会社であり、当時のソニー・ミュージックとは格が違います。そのSCEAでの手伝い仕事を始めて早々「政変」が起きます。
アメリカでのプレイステーション発売から3か月が過ぎた1995年12月に、実力者でもあるソニー・アメリカ(ソニーの北米統括会社)のマイケル・シュルホフさんが突然退任したのだ。どうやら、この年に大賀さんの後を継いでソニー社長となった出井伸之さんと激しく対立したらしいという噂が流れてきた。もっとも、私にとっては雲の上で起きている出来事でしかない。ウォール・ストリート・ジャーナルや日経ビジネスの特集記事を読んで「ソニーも大変だな」という程度の認識だった。
この余波はシュルホフさんとつながっていたSCEAのスティーブ社長も退任することになり、後任としマーティ・ホームリッシュさんがSCEAの社長として立て直しに着手します。ところが…
マーティさんに異変が……
いよいよSCEAの立て直しに着手したのだが、これが一筋縄ではいかない。
印象的だったのがマーティに起きた異変だった。マーティはもともとオープン・マインドな人で「みんなでがんばっていこうよ」という雰囲気作りを進めようとしていた。ところが、しばらくたつとどう見てもノイローゼ気味な表情を浮かべるようになってしまっていた。
するとマーティは自分の部屋のガラスを取り外して中が見えないように壁にしてしまった。「ブラインドを閉めても、いつも誰かに見張られている気がする」と言っていたが、こうなってしまってはもはや現場のチームとはまともにコミュニケーションも取れない。相当追い込まれていたよう見えたマーティの様子を見た私は、東京に「どうやらダメみたいです」と報告した記憶がある。
その後は、日本にいるソニー・ミュージック社長とSCEAの会長を兼務する丸山茂雄さんがニューヨークの現場も指揮することになるのですが…
月曜日にソニー・ミュージックの役員会に、火曜に東京のSCEに出社すると水曜日に飛行機に乗る。時差の関係でフォスターシティに着くのも水曜日。そのまま仕事をこなし、木曜と金曜はSCEAで過ごす。そして週末にまた東京へと帰っていく……。
丸山さんは平井さんの心のスイッチを押します!
これを半年間繰り返した丸山会長は、さすがに体力の消耗が激しく、「俺は疲れたから、おまえが社長をやってくれ」と、平井さんに告げるのです。
平井さんは、「さすがに気が引けた、私はそんな器じゃないでしょう」と固辞します。それに対して丸山さんは、「そもそもソニー・ミュージックは若いヤツらにどんどん新しい仕事をさせる会社じゃねぇか。だからおまえもやってみろよ」と言うのですね。
当時35歳だった平井さんの語りは、続きます。
当時の私は経営者としてはまったくの素人だ。その素人がかじ取りを任されたのが、立て続けに二人の社長が交代したばかりの組織だった。もし丸山さんが指名した私まで失敗すれば、丸山さんだって任命責任を問われることは言うまでもない。
「おまえに任せたからな」
丸山さんはそう言って、本当にSCEAの経営を私に任せてしまった。その度量の大きさを見せられると、誰だって期待に応えたいと思ってしまうものだ。丸山さんは私の心のスイッチを押したのだ。私はニューヨークの自宅を引き払い、フォスターシティへと移り住むことを決意した。
平井さんによる1on1ミーティングがリアルに伝わってきます。
こうして突然、経営を託された私だが、SCEAの状況が思ったより深刻だということを思い知らされることになった。(中略)
私もニューヨークからフォスターシティに通っていたので、現地の社員たちとはお互いに知った仲である。とはいえ、カズ・ヒライという人間を本当の意味で知ってもらう必要がある。それと同時に、私ももう一度彼ら彼女らがどんな思いで日々働いているのかを知らなければならないと考えた。そのためには一対一でのミーティングが手っ取り早く、なにより確実だ。
私はフォスターシティに移ると早速、実行に移した。
すると、社員たちの本音が見えてきた。「プレイステーションは素晴らしい商品だと思うんです。でも、もうこんな会社では働きたくありません」
そう言って泣き出す社員もいた。思わずテーブルにあったティッシュを差し出したことを覚えている。
「ここはストレスが大きすぎる」
「みんな言っていることがバラバラなんです」特にグサッときたのがこんな言葉だ。
「私は給料を得て毎日会社に来ている。だから与えられた仕事にプラスして貢献しようと思っている。なのに、もっと給料を得ている連中がそれをブロックしてくる。それを放置している経営陣は、もっと良くない。こんな環境では耐えられない」おっしゃる通りと言わざるを得ない。その言葉のひとつずつにうなずき、耳を傾ける。話しているうちに感情的になる者はひとりやふたりではなかった。いつの間にか「俺の仕事はセラピストか?」と自嘲気味に思うようになっていった。
ただ、ここまでに紹介した声はまだ建設的な部類に入る。むしろ多かったのが、平気で仲間を売るような言葉だった。
カリスマ的リーダーシップではなく経営チーム!
このような状態に陥っている組織を根本から立て直すために、平井さんがまず取り組んだのが、部下から信頼される「経営チーム」をつくることでした。その一人が東京から赴任してきたアンドリュー・ハウスさんです。
彼もまた、社員たちの悩みを聞くことから始めていた。やはりニューヨークから来た私と東京から来たアンディがこれまでの事情を何も聞かないまま突然、経営改革を始めてしまうと、もとからSCEAにいた社員たちは「なんだ、こいつら」になってしまう。そこは根気よく社員の話を聞いて、まずはこちらが現状を把握しようと、アンディとは示し合わせていた。一日の仕事が終わると、よくアンディと二人で「今日はこんな悩みを聞いたよ」と話し合ったものだ。私との会話はシチュエーションによって、英語になったり日本語になったり。当時は私が35歳でアンディは31歳。そこにセールスのプロだったジャック・トレットンさんも加わって散々議論を重ねたのをよくおぼえている。
振り返れば、この頃に話していたのは今日のことや明日のことばかりだった。「将来はこんな風にゲームビジネスを展開したい」といった遠い先の夢や希望を話すことは少なかったように思う。目の前にある混乱し疲弊しきった組織を立て直すことが先決だったからだ。とにかく「まともな会社にしないといけない。社員がプライドを持てる会社にしないといけない」という話ばかりだった。(太字は坂本)
3人の経営チームは五里霧中、悪戦苦闘を経て、組織を立て直します。ところで、「経営戦略について触れていない」と思われると困るので、簡潔に紹介します。
日本のソニー本社が掲げるソニーブランドのグローバル展開をしっかり受けとめた上で、アメリカの市場に対応していく戦略です。つまり「グローバル・ローカライゼーション」です。具体的には、「クリエイター・ファースト」「サードパーティー・ファースト」、そして「量は追わない」です。
平井さんの経営チームは結果を出します!
1996年に丸山さんからSCEAのEVP(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)兼COO(最高執行責任者)を任された直後は五里霧中という言葉がピッタリなくらい、暗いトンネルの中でもがいていたというのが正直なところだ。
そんな扱いが少しずつ変わってきたなと感じたのが1998年あたりのことだ。この年、SCEのゲーム部門は1365億円の営業利益をたたき出した。前年と比べて約17%の増益。もちろんSCEAも利益を出して貢献している。この時、ようやくSCEの正式会員になれたような気がした。
この本の章立ては「プロローグ+1~6章+エピローグ」で構成されています。
“3度の逆転劇”のうち、今回のコラムは“最初の逆転劇”を描いた第2章までを取り上げました。
私の視点は「1on1ミーティング」です。平井さんの面談のスタイルが、まさにこの「1on1ミーティング」であることをご理解いただけたと思います。
次回も平井さんの「1on1ミーティング」について語ってみようと思います。
坂本 樹志 (日向 薫)
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