新型コロナウイルスは、3月11日にWHOのテドロス・アダノム事務局長により「パンデミックである」との宣言がなされました。あらゆるメディアからシャワーのように情報が提供される中、私も、自分自身はどう対応していけばよいのかを考え、そして可能な範囲でのアクションを起こしている日々です。
今回は、この新型コロナウイルスを通じて、私自身が感じている「心理学」との関係について、取り上げてみようと思います。
ドラッグストアの前で、マスクの購入をめぐって取っ組み合いの喧嘩が起こったことが報道されています。そしてインターネットで「新型コロナウイルス パニック」という文字を入力すると、夥しい情報がヒットします。テレビ、新聞などのマスコミ、そしてソーシャルメディアからもパニックの様相が伝わってきます。では実際にパニックなのか(起こり始めているのか?)、ということなのですが、心理学的知見を含めて、このパニック・集団心理について、考えてみましょう。
パニックの定義とは?
「パニック」の定義にはさまざまありますが、インターネットで検索すると、内的ストレスによる発作であるパニック障害が上位に登場します。おそらく過去10年以前は、「パニック」→恐慌、が上位であったと想像しますが、今日では、社会現象からの起因ではない「個々人のストレス」が注目されるようになった、ということでしょう。このことも社会現象といえなくもないのですが、社会心理学の「生命や財産の脅威を認知した多数の人々による集合的な逃走行動とそれに伴う社会的混乱」という定義にフォーカスすることにします。
オーソン・ウェルズの『火星からの侵入』で注目されたパニックとは?
この『火星からの侵入』は、まだTVが登場していない1938年のラジオドラマです。この番組によってパニックが引き起こされた、として全米中の話題となりました。この現象は、プリンストン大学のキャントリルの研究によって、1940年に『火星からの侵入―パニックの心理学に関する研究』として出版されています。
ドラマの内容は、天気予報や音楽番組という体裁をとりながら、合間に臨時ニュースを挟み「火星人が地球に来襲し米国の中心部を攻めている」という実況中継的なナレーションを何度も入れて、リスナーの不安を高めていく、という凝ったストーリー展開でした。
放送されると、ドラマにも関わらず、多くの人々が現実のニュースであると誤解し、混乱が生じています。もちろんフィクションであり、そのことを番組の中で頻繁に流した、と言われていますが、当時はTVという、同時に映像として事実を確認できる手段がなかったことが、不安が高まった主たる要因とされています。
キャントリルの分析結果に対して、その内容に疑問を呈する研究が発表され、論争を招いたことでもこの『火星からの侵入』は話題を集めています。
キャントリルは、番組を事実と誤認したリスナーの特徴を分析しています。私も確かだなぁ、と理解したのは、番組を途中から聴いたリスナーが中心であった、ということです。番組の途中でフィクションであることのナレーションを頻繁に入れたとされていますが、当時「ザッピング」というスタイルがあったかどうかは別として、そのナレーションを耳にしていない人にとっては、「まさか火星人が…」と思いつつも、「ひょっとして…」と信じてしまうことが想像されます。当時は戦時であり、音楽番組の途中で「臨時ニュース」をシリアスに伝えることが一般的であったことも、その「信じる」を補強したと分析されています。
災害放送でアナウンサーが繰り返し同じ言葉を伝える理由は?
昨年は台風19号に代表される大災害に見舞われました。その際、特にNHKはその使命もあって、長時間の帯で被害の推移を報道し続けます。その中でアナウンサーは、時間をそれほど置くことなく「同じコメント」を繰り返します。ずっと番組を視聴し続けていると、「くどいなぁ~ さっきから同じことばかり繰り返して…」と感じるのですが、それは、チャンネルを頻繁に変える視聴者を前提として放映しているからです。
キャントリルは、与えられた(取得した)情報が真実なのかどうかついての判断という観点で、リスナーを4つに分類しています。
- 番組を聴くなかで自らが「事実ではないドラマ」だと判断した人。
- 番組以外の外部情報を得て「事実ではないドラマ」だと判断した人。
- 外部情報の取得を試みたが、それがうまく機能せず「事実である」と信じてしまった人。
- そもそも外部情報の取得を思いつかず、一貫して「事実である」と信じた人。
自分がどのタイプに属するのか、思わず考えてしまいますが、キャントリルは、それぞれのタイプの人がどのように属性であるのか…について発表しています。それについては今日「?」がつくものもありそうなので、コメントは控えることにします。
パニックを生み出すのはマスコミの報道姿勢?
未知なるもの、それが新型コロナウイルスのように、生命の脅威だと“される”ものが身近に迫っていると“感じる”と、人は不安にさいなまれます。
私があえて、“される”と“感じる”にカッコを付したのは理由があります。つまり、見聞(聴)きする情報を得て、その情報が確かである、と受けとめることによって「脅威に感じ」たり、あるいは「それほど恐れることでもない」、と理解するという思考の流れに着目したいからです。
つまり「確かである」と判断してしまうその情報がフェイクであった場合、それによって導き出される態度の「脅威」あるいは「恐れる必要なし」の選択が、結果的に失敗となってしまうからです。
実は『火星からの侵入』が「パニックであった」、として全米に広がったのは、事件直後にマスコミがセンセーショナルに報道したことが最大の要因だとされています。
キャントリルも定義づけられたパニックであったとしていますが、定義に含まれる「集合的な逃走行動」が実際に起こったのか、という点については不確かであるとの指摘がされています。つまり「パニックの定義通りのことが実際に起こった」と全米中が認識したのは、マスコミがキャッチーなテーマであるといきり立ち、「特ダネ」を意識して大大的に報道したその姿勢にあった、というわけです。
ニュース報道は、客観的な正しさが求められます。日本における5大全国紙(3とも4とも表現されることがありますが)は、そのことを心がけています(とされています)が、「特ダネ」を狙う、というのは共有した価値観であり「裏を取ったはずが誤りであった」ということは、かなりの頻度で発生し「訂正文」が後日発表されることはたびたびです。
「情報リテラシー」を高めるよいチャンスだと受けとめよう!
新型コロナウイルスは前提として「未知なる部分」が多々存在しており、このことで我々は不安になり、すぐにでも「本当のこと」を知りたくて情報に敏感になっています。マスコミ側としても「正しい」ことを伝えようと必死になり、権威とされる人物に見解を求め、また日本だけでなく世界中で起こっている現象を「正しく」伝えようと日々格闘しています。だからこそ、真実だと“想定される情報”をいち早く提供しようとし、後日それが誤っていたことが判明する、というケースが多頻度に検証されることでしょう。
現在はこのような未曾有な状況であり、私たちは冷静を心がけ、氾濫する情報に落ち着いて対処することが求められるのです。
ネット上にあふれかえるパニックは、実は本来の意味の「パニック」ではなく、不安を抱いている状況だからこそ、センセーショナルな表現を使いたがる「空気」の存在によって拡散している、と私は解釈しています。
よって、「新型コロナウイルスは私たちの情報リテラシーを高めるチャンスとして登場したミッション」と受けとめましょう。このスタンスをもつことで、新型コロナウイルスも別の色彩を帯びてくるような気がしています。
坂本 樹志 (日向 薫)
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