村上春樹の“傾聴”と「40歳過ぎたら部下との議論に負けよ!」の意味するところとは…?(2022/03/15)

前回の1on1ミーティングで、ソニーとホンダの異業種提携にインスパイアを得たSさんは、「次回の1on1は、新規事業開発をテーマにやってみませんか?」と、A課長に提案しています。今回のコラムはその続きの1on1です。

企業の目的は「ゴーイングコンサーン(継続すること)」である!

SさんとA課長の所属会社はフィクション(Z社としましょう)ですが、その会社に二人がしっかりコミットメントしていることが、リアル感として伝わってくるよう、今回のコラムを進めてみましょう。

(A課長)
Sさんとの1on1も回数を重ねてきました。前回Sさんが「新規事業開発をテーマにしましょう」と提案いただいたので、今回はSさんの経験談も含めて、自由にお話しいただければ…と思います。
私はSさんがときおり語る経験談を「非財務情報」としてZ社の内部に伝承していかなければ、と感じています。

「企業が存在する目的は?」について、さまざまな答えが用意されていますが、私は「ゴーイングコンサーン」に響きます。「継続すること」です。もちろん時代の変化によって、適応できない会社が続々と生まれ、廃業や吸収合併によって姿を消すことも現実です。
この変化が常態である環境のもと、従業員だけでなく、取引先をはじめとする多くのステークホルダーが、会社という社会的共同体と深くかかわり、生活を営んでいます

Z社は、一応名の知れた化粧品会社の中では、資生堂さんに次いで長い歴史を有しています。まあ、規模は違いますが(笑)
私は、企業の存続のコアにあるのは「信用」だと思っています。
つまり歴史を長く刻んでいる会社は、それだけ信用を蓄積してきた、と解釈しています。
「存続の歴史」イコール「信用」です!

(Sさん)
いつも冷静なAさんが、今日は珍しく熱いですね~
伝承ですか… わかりました。失敗も含めて私の会社人生を振り返ってみます。

(A課長)
ぜひともお願いします!
私はZ社に入社してまだ15年も経っていませんが、Sさんは40年ですよね~ 中国進出をゼロから始められ、国内でも九州の責任者を担当されるなど、とにかく営業のプロ! というイメージがあります。

(Sさん)
みなさんそうおっしゃいますが、実はスタートは研究所の総務部から始まっています。人事労務、経理、工務、庶務の4つのチームに、それぞれ4~5人のメンバーが配置されていました。
私は最初に人事労務、次いで経理に配属され、5年を研究所で過ごしています。

(A課長)
それは知らなかった。

新入社員でも人事に配属されると組合には加入できない…!?

(Sさん)
当時は広く全国採用であり、私のような広島出身者で自宅が東京、関東三県にない独身者には寮が用意されていました。ただ私は人事労務だったので、新入社員にもかかわらず組合には加入できなかったのですね。
食堂で、「おっ、会社の犬が食べてるぞ」と、笑いながら声をかけられたこともあります。

(A課長)
そんなこともあったのですか…

(Sさん)
言葉の内容は過激ですが、その先輩はひねくれもので、まあまあ付き合うこともできていましたよ。

(A課長)
それもSさんの人柄なんでしょうね~

(Sさん)
私は東京本社の文系採用でまさか研究所に… と思っていなかったので、とまどいましたが、振り返ると私の会社人生にとって、すごくありがたかったですね。ジョブローテーションが制度的に見えていたので、自分のキャリアパスがイメージできました。

事業所の総務を経験して、次は本社の人事部か商品企画部に異動するパターンです。私は5年を経て本社の商品企画部に異動しました。

(A課長)
それも知らなかった…

バブル崩壊以降、「日本的経営の三種の神器」は崩壊した…?

(Sさん)
昭和そのものの時代ですから、日本的経営の三種の神器である、企業別労働組、年功序列制、
終身雇用
がまだ機能していました。
理系は別ですが、文系については、大学での学びなど、これっぽっちも期待していなくて、「能力は会社内で育てる!」というのが自明でした。だからジョブローテーションだったのですね。

(A課長)
ジョブローテーションって、死語じゃないですか。異動なんて頻繁だし、海外事業も拡大していますから、今、同期がどこの部署にいるかも、よくわからない状況です。

(Sさん)
確かに… 三種の神器もジョブローテーションもバブル崩壊とともに、まあ形骸化というか、実質的に機能しなくなりましたね。

(A課長)
ワークライフバランス…私たちの世代は、このワードが実に意味を持ちます。まさに価値ですね。VUCAの時代ですから実現するかはまた別として、社会全体として共有化されています。

月100時間残業を当たり前のように受け入れていた時代があった!

(Sさん)
振り返ると、本当に変わりましたね~ 月100時間の残業もあまり疑問を感じることなくやっていました。24歳で結婚し子供も生まれていましたから、「稼ごう娘の入園費!」をモチベーションに残業に勤しんでいましたね(苦笑)

(A課長)
管理職にとって「部下に残業させないように…」というお達しは、最も難易度の高いマネジメントです。時間外労働の上限規制は絶対的ですから…
ただワークライフバランスに直結するところなので、その環境の中でチームに心理的安全性が生まれることを、真剣に考えています。

(Sさん)
「本音を隠し言いたいことをガマンし空気を読むことをいつの間にか体得させてしまう高度な日本文化」のおかげで、管理職と部下の間に見えない壁ができてしまいます。

Aさんはコーチングを使って、部下がいつのまにか本音を語っている1on1をやっていますよ。メンバーは「A課長には何を話してもOK」という安心感を抱くことができているので、チームの中に心理的安全性が生まれています。

管理職と部下の見えない壁は日本文化が生み出しているのか…?

(A課長)
ありがとうございます!
そのためには、とにかく傾聴です。徹底的に部下の話を聴くことです。
以前、サーバントリーダーシップについて1on1で語り合ったとき、「傾聴はコーチングのスキルを超えたスキルです」と話したと思います。そのときは私なりの解釈でSさんに説明したと思うのですが、改めて傾聴について語ってみたいのですが、いかがでしょうか?

(Sさん)
傾聴は永遠のテーマですよ(笑)

(A課長)
私は村上春樹さんが好きなので、いろいろ読んでいます。Sさんが映画の『ドライブ・マイ・カー』を語るのに刺激され、昔読んだ『アンダーグラウンド』を思い出したのですね。
地下鉄サリン事件の被害者62人一人ひとりに誠実に向き合って、その被害者が紡ぎ出す言葉を文字にして春樹さんが発表しています。

ちょうどコーチングを学び、傾聴の難しさを身にしみて感じていた頃でした。そして感動というか…春樹さんの態度が「これが真の傾聴だ!」とショックを受けたのです。
その個所を私はPCに打って格納しており、時おり見直しています。Sさん、見ていただけますか?

(Sさん)
『アンダーグラウンド』の出版は、まだ「世界の村上春樹」になる前でしたか…
「なぜ春樹がドキュメンタリーを書かなくてはいけないの?」と、ハルキストを戸惑わせたというか…「私のハルキはどこに行ってしまったの?」と、多くのファンが離れていった、とも言われていますね。
私は村上春樹も好きですが、実は村上龍も同じくらい好きなんですね。

「 巫女=ミディアムみたいな感じで、すうっと向こう側に入っていけるような」村上春樹の“傾聴”…

(A課長)
村上龍ですか… 切った張ったで、人生を歩んできたSさんにピッタリのイメージです(笑)
変に盛り上がってしまいましたが… これです。

僕がこの仕事から得たいちばんの貴重な体験は、話を聞いている相手の人を素直に好きになれるということだったんじゃないかと思います。これは訓練によるものなのか、あるいはもともとの能力によるものなのかわからないんですが、じっと話を聞いていると、相手の中に自然に入っていくという感覚があるのです。巫女=ミディアムみたいな感じで、すうっと向こう側に入っていけるような気がする。これは僕にとって新しい体験だったのです。

(Sさん)
なるほど… 相手と同化してしまうほどの傾聴ですね。

(A課長)
コーチングには質問力も求められます。クライエントが自らの気づきを得るために、防衛機制を働かせたりして、あえて言葉にしていない深い思い… 場合によっては無意識にフタをして、本人も気づいていなかったりする内容に焦点を当てて質問し、フィードバックするのです。資格を取得するためのコーチング講座で、このことを学びます、すると…

「質問をするために聞く」ということになってしまうのですね。
「次に何を質問しようか…」という意識で聞いてしまうのです。これでは傾聴から遠ざかってしまいます。

春樹さんはユング派の巨人である臨床心理学の河合隼雄さんと深い交流をもっています。おそらく誰よりも「傾聴」のことを知っていると私は想像しています。
春樹さんは「次は何を質問しようか…」とは微塵も考えていません! でも繰り出される質問はものすごく深いのです。

(Sさん)
なるほど~
上司がその態度で部下の話に耳を傾けることができたら、部下はその上司に対して、心理的安全性を感じることができるな…

(A課長)
私は春樹さんではないので、とても自然に…とはいきません。だから努力しての傾聴です。まだまだです。

精神科医は先生。ではコーチは…?

(Sさん)
ここで、俄かコーチの私がAさんにフィードバックします(笑)

私はAさんの姿に共感しています。部下からは、Aさんが一生懸命話しを聴いてくれているのがわかるんですね。確かに“自然”とはちょっと違いますが…(笑)

それがプロのような態度で余裕綽々で話を聞いてくれる場合は、また別の感覚に部下はなると思います。それもよいとは思うのですが、「尊敬する上司」になってしまいます。つまり「先生」です。
そうなると、部下はその上司に甘えてしまうことで、かえって自律を妨げる方向になりがちです。

Aさんがコーチングの3原則を話してくれましたが、その一つに「対等関係」がありましたよね。カウンセリングやセラピーの場合、クライエントは患者ですから、医者である先生でよいのではないでしょうか。
不安を抱えてどうしようもない精神状態なので、状況によっては先生に徹底的に甘えることができる…という治療としての環境が必要な場合もあります。

コーチングは患者ではなく、目的に向かってそれを達成したいというスタンスです。コーチがやるのではなく、クライエントが内発的な動機を発揮してコトを成し遂げるわけですから…

(A課長)
いや~ Sさんの言葉には心理的安心感を覚えます。
ありがとうございます。

(Sさん)
私は40歳を超えたあたりから、自分の経験を通して、若い部下にどのように接していけばよいのか… その極意を確立しました(笑)

(A課長)
すばらしいですね、その極意とは?

Sさん流マネジメントは「議論になったら部下に負ける」…?

(A課長)
う~ん…?

(Sさん)
部下が優秀で、どうあがいても負けてしまう場合はそれを粛々と受容し、部下に「大したものだなぁ~」とフィードバックすればいいので、悩む必要はありません。

ただ上司によっては、自分より優秀な部下に対して嫉妬心が芽生え、素直な言葉が出てこない、という関係も見受けられます。こうなるとその人の器の問題ともいえますが、そこはしっかり克服しなければならない、というのが前提です。

そうではない部下の場合は… つまり、一生懸命考えているにもかかわらず、経験の無さ、未熟ゆえに、その提案や考え方に“穴”が見えてしまうことがあります。
私の経験上、こちらのケースの方が多いですね。

(A課長)
その場合、Sさんはどう負けるのですか?

(Sさん)
実に難易度が高いところです(笑)
部下のキャラクターに合わせて、臨機応変なパターンがあると思います。

(A課長)
ブランチャードのSL理論ですね。相手の成熟度によって対応を変えていく…

(Sさん)
う~ん、ちょっと違います。ブランチャードの場合は「指導する」です。私は指導するのではなく「負ける」のですね。問題は「負け方」です。

穴に対しては肯定しません。肯定すると、どんどん間違った方向に進んでいき、いずれ失敗に至ります。そうなると部下は「あの時部長がホメてくれましたから…」と責任転嫁をします。

(A課長)
当然そのような展開になると思います。

部下の未熟なところ以外は全肯定する!

(Sさん)
ですから穴以外のところで「まいったよ!」と告げるのです。
「君の情熱にはまいった、若いころを思い出したよ」とか、
「この資料をまとめるために、結構時間がかかっただろう? 忙しいなかで、よく効率的に時間を生み出したなぁ~ たいしたものだ…」とか、
「新鮮な切り口だなぁ~ 俺には出てこない発想だ」などのフィードバックをします。

「議論したい」「提案したい」というアクションそのものは全肯定するのです。
繰り返しますが、穴以外は全肯定するのです。

私が担当した1on1では、ここにエネルギーを注ぎます。この接し方を意識した最初の頃は、演技っぽかったと振り返っていますが、やっていくうちに自分らしくなっていくのですね。

繰り返すことで習慣化します。自分のスタイルとなりストレスがなくなります。
村上春樹ではないですが、部下が可愛くなってくるのです。
結局のところ部下というか、人は承認されたいのです。認めてもらいたいのです。
そうこうするうちに部下の雰囲気、態度も変わってきます。

(A課長)
社会心理学の「対人魅力」で説明できます。
相手のことを好きになってくると、相手もそれに応えて、その人を好ましく感じられるようになる、すなわち返報性です。
「恋は盲目」という言葉もあるように、第三者の視点では欠点や、「いやだなぁ~」と感じる態度も、すべて肯定というか承認してしまうので、当然相手はいい気持ちになってきます。

Sさんの部下に対する対応は、恋愛ではないですから、この捉え方を持ち出すのは、いかがなものか… とも思いますが、つながっているように感じます。

接近行為はすでに持っている感情を増幅させる効果がある…とは?

(Sさん)
なるほど…
では「嫌いになる」ということを、社会心理学の理論で説明できますか?

(A課長)
できます。順に説明させてください。
アイドルのような遠い存在は別ですが、恋愛感情の第一歩は「近接性」です。大学のサークルで、職場で一緒に仕事をしているうちに… というパターンです。
理論としては、「会うために費やすエネルギーが最小であり、自身が働きかけをしない受動的態度でも意図しない接触が可能となる」と指摘されています。

「近接性」によって自然とコミュニケーションが増えます。相互関係が促進され、さらに接触頻度が増加することで肯定的態度が形成されていくのですね。これは「単純接触効果」と呼ばれています。友人や恋愛感情があれば、それが成り立ちます。

一方で、見知らぬ他人は接触を回避したい、となるのですね。
さらに「接近行為はすでに持っている感情を増幅させる効果がある」とされています。
つまり、好意を抱いている人との接近は、ますます好きになるが、嫌いな人に接近されると、ますます嫌いになる、ということです。

(Sさん)
社会心理学ですか…そのような研究もあるのですね。面白い!
まあ実際には、片思いもあるわけで、だからこそ小説の王道テーマは恋愛であり、悲恋もまた味わい深いものですよ。

私が、穴以外を全肯定する目的は、「まずもっての信頼関係構築」です。内容を議論する前に、相互が嫌っているというか、承認されていない思いを抱いていると、その社会心理学理論である、「ますます嫌いになっていく…」ということになりかねない。

信頼関係が構築されたらコーチングの出番!

(A課長)
つづいての目的…部下がその穴にどうやって気づいてもらうか… それはまさにコーチングの世界ですね。お互いに信頼関係が形成されていれば、心理的安全性によって、のびのびと会話ができると思います。

(Sさん)
そうなんですね。その後は…

「その提案を導き出す過程で、別の案も考えたと思うが、それを選ばなかった理由あたりに、また別のヒントがあるかもしれないな~」
「筋が通っていると思った案が、実際やってみると想定外の展開になってしまったり…」

といった、つぶやきをします。
すると、私も考えていなかった新しい提案が、その部下から出て来たりします。
経験は時にしがらみとなって、私自身を縛ることにもなりますから、彼らの意見を面白がって聴いていると…「いけるぞ!」といった、第三の方向性が見えてきたりします。

(A課長)
ありがとうございます。チームで企画を練り上げていく方法を伝授いただきました。さっそく実践で使ってみることにします。

Sさんの伝承はまだまだ続きそうですね(笑)
次回もよろしくお願いします。

(Sさん)
了解です(笑)

坂本 樹志 (日向 薫)

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