プレイステーションはゲーム機として初めて累計販売台数が1億台を超える大ヒットになったのだが、2000年に発売したプレイステーション2はさらに輪をかけて飛ぶように売れていった。結局、累計で1億5000万台を突破し、本書執筆時点で歴史上で最も売れたゲーム機となっている。ちなみに累計1億台を超えるゲーム機はこれまでのところ、初代と2代目のプレイステーション、そしてプレイステーション4だけだ。
前回のコラムの最後で、
「“3度の逆転劇”のうち、今回のコラムは“最初の逆転劇”を描いた第2章までを取り上げました」
と、コメントしています。冒頭の引用は、初代と2代目のプレイステーションの大ヒットまでの顛末です。では、“2回目の逆転劇”とは何か? ということになるのですが、引用にプレイステーション3が見当たりません。実はそのプレイステーション3によって、ソニーはとんでもない危機を招くのです。
ソニーらしさ(!?)を体現する久夛良木SCE社長の野望とは…
半導体の研究者だった久夛良木さんの野望を結集させた大構想へと、SCEは突き進んでいく。それも、ソニーグループ全体を巻き込みながら。今でも野心的プロジェクトと言えると思う。その意気はいかにもソニーらしくて「NO」と言いたくない。だが、もし私が当時のソニーCEOなら絶対に「NO」と言っただろう。
そこで我々を待っていたのは、それまでのプレイステーション2の快進撃が嘘だったかのような、苦難の連続だった。そして私は2度目の経営再建に乗り出すことになる。オートパイロットの経営がどこか物足りないなどとは言っていられない状態に、SCEは陥ってしまっていた。私は再び試練に直面することになるのだが、この時の経験もまた、今振り返れば経営者としては欠かせない糧となった。
プレイステーションの生みの親である久夛良木さんの野望は、プレイステーション3を「ただのゲーム機」ではなく「家庭用のスーパーコンピュータ」として売り出すことでした。その結果、超ハイスペックの塊となり、2006年11月の発売を予告する5月のイベントで、税込み価格62,790円と公表しています。
すると「高すぎる!」という批判の声が殺到します。その結果、日本では49,980円という価格で発売するという異例の事態に追い込まれます。この価格は「一台売るごとに赤字が積み重なっていく計算」でした。
開発に膨大な投資を伴ったプレイステーション3の影響は、2006年度の決算に早々に表れます。
この時は液晶テレビの「ブラビア」が販売好調で、不振続きだったエレクトロニクス部門にようやく明るさが見えてきたタイミングだった。そんな折に、それまでソニーの業績を牽引していたSCEが、プレイステーション3の立ち上げの失敗で2300億円もの赤字となってしまった。
「おまえたちはソニーを潰す気か」と言うソニーの幹部から平井さんに電話がかかってきます。そして社内からは「10年分の黒字を吹き飛ばしたな」「あんな奴らが経営しているからダメなんだ」など、非難ごうごうです。
そして、久夛良木さんの退任を受けて、平井さんがソニー・コンピュータエンタテインメント本社(SCEI、現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)社長兼COOに就任したのが、まさにこのタイミングの2006年12月でした。
SCEIのトップに就任した平井さんが始めたことは…
“2回目の逆転劇”の始まりも1on1ミーティング!
では、何から手を付けるべきか。
これはSCEAの時と同じだった。まず会社が置かれている状況を詳しく知ることから始めるのだ。そのためには社員の話を聞いて、社員たちが会社に対して、そしてプレイステーション3に対して何を思っているのかを知る必要がある。そこからやるべきことを抽出していくのだ。SCEAの時は涙を流す社員もいて「俺はセラピストか」と思ったほどだが、さすがに1万人もの社員がいるSCEでは、一人ひとりの声を聞いて回ることはできない。まずは部長レベルの人たちを5人から10人ほど集めてランチ会を頻繁に開き、彼らの声に耳を傾けることから始めた。(太字は坂本、以後も同様)
平井さんは、そのミーティングで社員から問われます。
「平井さんはプレイステーション3はなんだとお考えですか?」
私の回答は明確だ。
「これはゲーム機だ。誰がなんと言ってもゲーム機だ」
当たり前だと思われるかもしれないが、まずはここからのスタートだった。
そして平井さんは、そのことを社員に繰り返し伝え、“思いを共有化”させていきます。
「プレイステーション3はゲーム機だ」
私はメッセージをできるだけシンプルに伝えるように心がける。そして何度でも言い続ける。
こう決めてしまえばおのずと進むべき道が見えてくる。ゲーム機である以上、絶対に価格を下げなければならない。そのためには妥協のないコストダウンに取り組むことが、我々が真っ先になすべきことである。
やることが決まれば即実行である。
商品企画やエンジニア、資材担当がコストダウンを議論する会議には私も自ら参加した。
「臨場感が危機感を生む」
この次からのコメントに私はしびれました。私はコーチング、そして1on1ミーティングの意義を語り続ける日々です。だからこそ、心に刺さる至言として「わが意を得たり!」と実感できたのですね。
1on1ミーティングでは上司こそが謙虚さを問われる!
リーダーの役割は目指す方向にプロジェクトを進めていくことにある。知ったかぶりをすることではない。私はもともと音楽業界の出身なので、SCEAの時も分からないことだらけだった。だから、分からないことを分からないと口に出して言うことの大切さは、すでに身に染みて知っていた。
知ったかぶりというのは、部下にはすぐに見抜かれてしまうものだ。リーダーの資質として重要なのは「だったらサポートしましょうか」と、部下たちに思ってもらうこと。「この人、知りもしないでよく偉そうなことばかり言うよな」と思われたらアウトだ。そうなると部下たちは上司を適当に丸め込もうとするかもしれないし、プロジェクトに取り組む本気度も違ってくるだろう。これは小さなことに思えるかもしれないが、大きな違いを生む要素だと、私は考えている。
平井さんは実際に、コストカットのためのあらゆる会議に出続けます。
文字通り爪に灯をともすような作業。基本的にコスト高の部材からリストアップしていき、それをいつまでにどうやればコストがいくら下がるのかを検討していく。その繰り返しだ。何度でも同じような検討を重ねていく。近道がないということはすぐに理解できた。
いつも議論が堂々巡りになる。それでも繰り返す……。
平井さんはこの時期を「漆黒のトンネルの中をもがきながら前進しているような感覚」と喩えます。
そのトンネルの先に光が見え始めたのは、SCEの社長に就任してから3年近くが過ぎた2009年9月になってからだ。
型番にして「CECH-2000」というシリーズで、プレイステーション3は29,980円にまで引き下げることができた。同じプレイステーション3でも3年前に発売した頃より2万円も安い。実に4割の価格引き下げである。
そして平井さんは、ソニーというグループに宿るものづくりの力…ソニースピリットを確信するのです。
バックキャスティング、そしてフューチャーペーシング
思えばフォスターシティから東京にやって来て最初に感じたのが、危機的な状況ながら「もうダメです」と言う人がひとりもいなかったことへの希望だった。業績的には大赤字で苦しい状況だが、話し合ってみると本当にゲームが好きな人たち、「プレイステーション」というプラットフォームが好きな人たちの集まりだと実感することの連続だった。だからこそ、現状が大赤字でもいつかは出口にたどり着けると確信したのだ。
私はよく「まずは成功した状態をイメージせよ」と話す。その状態を実現するためには何をすべきかを逆算するのだ。この時はまず「プレイステーション3はゲーム機だと明確に定義する。そして利益を出す」ということを考えた。そのために必要なコストダウンを徹底したのだが、そういった「成功のイメージ」が揺らぐことがなかったのも、社員たちの姿をできる限り間近で見ようとしたからなのではないかと思う。
バックキャスティングですね。
将来のことはわかりません。したがって実感が持てる「現在」から、どうやれば改善ができるのか…と考えがちです。これがフォアキャスティングなのですが、平井さんは「未来」の実現できた姿をイメージし、そこから逆算する発想をとります。
1on1ミーティング、そしてコーチングにおいてフューチャーペーシングというキーワードがあります。今が困難であろうともそれは今だからであり、将来は未知の世界です。だからこそ想像力を発揮して、変わっている自分、変わることができている自分をイメージするのですね。未来志向です。
止血はできました。ただしSCEIにとっての最大の課題は成長戦略であり、それを担うプレイステーション4の開発です。
プレイステーション4の重点はユーザーエクスペリエンス!
次世代型のプレイステーション4の計画はまだプレイステーション3のコストダウンにもがき続けていた2008年に始まったのだが、私は最初からCellのような独自アーキテクチャの半導体は開発しないと決めていた。自社の夢の半導体に積極的に投資するのではなく、資金はソフトウエアやユーザーエクスペリエンスにつながる部分に重点的に回そうと決めていたのである。それはプレイステーション4の立ち上げの時に強く主張した。
平井さんは、自社が持つCellの生産設備を東芝に売却し、プレイステーション4のチップは米国AMDのチップを採用します。そのことも奏功し、 “2度目の逆転劇” につながっていきます。
平井さんは語ります。
久夛良木さんが語った理想は、他社と同じことをやっていては未来は切り拓けないというソニーらしい心意気を示したプロジェクトであるとも言えるだろう。だた、それを実現させ、継続させるには、理想と現実のギャップを埋めるための膨大な努力と時間を要することも我々は身をもって思い知ったのである。
2005年にソニーのCEOに就いて4年が経過し、社長も兼務することになるハワード・ストリンガーさんが、ソニーの大掛かりな組織再編を発表します。その記者会見の場に、平井さんを含む4人が呼ばれ、ストリンガー社長はこの4人を「ソニーの四銃士」と紹介します。この「四銃士」はメディアで頻繁に使われるようになり、いつしかこの4人の副社長が、ハワード社長の後継を争う次期CEO候補だと報じられることになります。
そして2012年になって、ハワード社長より「社長とCEOをお願いしたい」と打診されるのです。
もともとは先に述べた通り「四銃士」と言われてもピンと来ていなかったし、そもそもここまでの私の歩みからまさかソニーの社長になるとは思いもしなかった。(中略)
これまでのキャリアでSCEAとSCEという2つの会社のターンアラウンドに貢献できたという自負はある。だが、次の仕事として打診されたソニーという会社のかじ取りは、これまでとは比較にならないほどのハードルの高さであることは、この嵐の1年間を通じてすでに身に染みて理解できていた。
この嵐の1年間とは、2011年3月11日の東日本大震災、そして同年4月19日を発端とする、当時として過去最大規模とされたソニーへのサイバーアタックという危機への対応のことです。
「よく引き受けるよな」
「平井は何を考えているのか」
先輩たちからは冗談交じりに激励の言葉をもらったこともある。ソニーがそれだけ追い込まれた状況に陥っていたことは、誰の目にも明らかだったからだ。私が社長のバトンを受け取った時点でまさに崖っぷちに立たされていた。それは数字が雄弁に物語っていた。
連結最終損益は4年連続で赤字。しかも赤字額は徐々に膨れ上がり2011年度は過去最大となる4550億円の赤字となった。エレクトロ二クスの不振が最大の原因で、この時点でテレビ事業は実に8年連続で営業赤字となっていた。
“3度目の逆転劇”の結果はいかに…
この本はアンチ・クライマックス・オーダーで始まります。その逆のクライマックス・オーダーとは、推理小説に典型的にみられる「結果(クライマックス)は最後の最後に明らかとなる」です。平井さんがソニーの社長を退任されたのは2018年4月ですから、その実績は周知のことであり、この著作のプロローグは次の言葉から始まります。まさに“つかみ”ですね(笑)
その日は、財務部門の幹部陣によるミーティングが開かれていた。議題は終わったばかりの2017年度決算の報告だった。
私がソニーの社長という重責を担って6年。すっかり輝きを失ったように思えたソニーを率いた日々は、あっと言う間に過ぎ去っていた。この時点で、私は社長から退くことを決めていた。言ってみれば、社長として駆け抜けた激動の日々の、まさに総決算を突きつけられる瞬間だった。財務を預かるCFO(最高財務責任者)の吉田憲一郎さんの顔が見える。私が三顧の礼でソニーに迎えた相棒だ。その吉田さんも私も絶対の信頼を置く、十時裕樹さんの姿もあった。
「最終的な数字はこうなりました」
スクリーンに映った資料には、連結営業利益の欄に「734860」とある。単位は百万円だから7348億円。それは1997年度以来、20年ぶりに最高益を更新したことを表していた。
「よくここまで来られたものだ……」
安堵とも達成感とも言えない、不思議な感情がこみ上げてきた。社長として、嵐の中からスタートを切った6年前が、昨日のことのようにも、ずいぶんと昔のようにも思えた。
20年ぶりの最高益更新… これが平井さんの“3度目の逆転劇”です。今回のコラムはここで終えようと思います。そして次回コラムは、平井さんの『ソニー再生』を紹介する「完結編」として、 “3度目の逆転劇”も1on1ミーティングの思想をベースに、その劇が始まり、そしてフィナーレを迎えたことを語ってまいります。
坂本 樹志 (日向 薫)
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