前回は、ロジャーズ、スキナー、そして、村上春樹氏と河合隼雄氏の会話を通じて、「科学とは?」について考えてみました。書き綴っていくなかで、その前のコラムで取り上げた中野信子さんの『ペルソナ』にある「私はモザイク状の多面体である」と語っている言葉が脳内に焼き付いており、今もその感覚にとらわれています。“焼き付いている”という表現はかなり強いフレーズなのですが、感覚を的確にお伝えするには、どのようなワードを用いるべきが…考えた末に引っ張り出した言葉なのですね。
「あの人は■△○だよね」という捉え方は、まさにその人のもつ一面を表しているにすぎなく、「人」とは実に複雑な(心理学的表現としては“コンプレックス”…昨年8月10日のコラムで解説しています)存在だよなぁ」と、日頃より感じています。私自身も根っこの性格は「○△■」だとの自覚を持っているものの、相手の性格やその場のシチュエーションを踏まえ、臨機応変に振る舞います。
ときに、自分で選択した態度にもかかわらず、「相手に不快な思いを感じさせたなぁ」、「失敗だ! もっと素直に自分の思いを伝えるべきだった」、「普段は使わない言葉を発してしまった…さきほどの不快な感情はうまく収めていたつもりだったけど、実はそうではなかったということだなぁ」など、 振り返ることしきりです。
すぐれた小説家の内部には複数の人格が存在しているのか…?
私はたくさんの小説を読んできました。コラムでは村上春樹氏を多く取りあげています。もちろんファンではあるのですが、甲乙つけがたく村上龍氏は好きですし(たまたま同じ姓という機縁もあり、この同時代の天才二人を併記して語ることが実に多いですね)、好きな作家は?と訊かれると、次々と名前が出てきます。
小説で登場する人物は、作家が創り上げる人格であり造形です。すぐれた作家とは、その登場人物をリアルに自然に編み出すことができる類まれな能力(天賦の才能+努力によって)を有した人たちです。読者によっては、特に一人称で語られる小説の登場人物を、その著者と同一視してしまいます。小説家の技が見事に結実した現象ですよね。
さて今回のコラムです。今、私の“焼き付いている感覚”を、とりあえず埋火くらいにしておきたいので、「モザイク状の多面体とは何を意味しているのか…」について、アプローチしてみようと思います。
そのための切り口として、エリック・バーンが創始した交流分析を用いてみましょう。
私は、この「交流分析のエゴグラム」について、昨年の10月16日のコラムで簡単に触れています。以下再掲してみます。
交流分析は、人のキャラクターを5つの自我要素の複合体として説明します。
エゴグラムはエリック・バーンが創設したカウンセリングの一分野である「交流分析」に基づき、バーンの直弟子であるデュセイが開発した性格診断法で、人が本来持っているパーソナリティを5つの要素に分類し、それぞれがどの程度の強さで表れているかをグラフにして示していく、というものです。グラフが高く出ている要素が、その人の自我を形成する上で大きく影響を及ぼしていると分析されます。
<自我を構成する5つの要素>
- CP(Critical Parent)…厳しい親としての要素
- NP(Nurturing Parent)…優しい親としての要素
- A(Adult)…大人としての要素
- FC(Free Child)…自由奔放な子どもとしての要素
- AC(Adapted Child)…従順なこどもとしての要素
加えて、11月16日のコラムの「カウンセリング理論の歴史」の9番目として、次のようにコメントしました。
9.自我を5つに細分化し(CP・NP・A・FC・AD)、その強弱、バランスで性格を把握する①構造分析をベースに、②交流パターン分析、③ゲーム分析、④脚本分析の4つで構成されているバーンが創始した「交流分析」…1950年代半ば~
交流分析については、今後のコラムのなかで、折に触れて取り上げてまいります。今回は、その導入編と受けとめていただければ幸いです。
交流分析は精神分析の口語版であるのか…?
交流分析は、フロイトによる精神分析の流れを踏まえており、精神分析の口語版ともいわれますが、この表現には少し違和感を覚えます。というのも専門用語が多く、しかも専門用語にもかかわらず、使われているワードが日常使用される言葉……たとえば、ラケット、ディスカウント、マフィアといった表現……が多いので、意味の読み替えが生じます。これは日本語に翻訳されることで生じる部分もありますが、英語としてのスタンスも同様です。
もっとも、そのあたりのモヤモヤ感は脇において、まずは、①の構造分析で概要をつかみ、その実践である、②の交流パターン分析をメインに学習すると、日常生活において「とてもためになるなぁ」という実感を得ることができます。
フロイト、ユング、アドラーの性格論とは…?
さて、交流分析の解説に入る前に、心理学の3巨人である、フロイト、ユング、アドラーは、性格をどのように把握しているのか、を復習しておきましょう。
<フロイトの自我構造>
精神分析の創始者であるフロイトは、明瞭な性格論は表していないのですが、敷衍できるのが「自我構造論」です。人の内面を、意識(エゴ)、無意識(エス)、超自我(スーパーエゴ)の3つの層で捉えています。これまでのコラムで繰り返し解説してきました。3つの層の関与のあり様で、その人に現れる“態度“(心理学上の定義については昨年2月25日のコラムを参照ください)を説明しています。
ただし、その先に具体的な性格がイメージできるのか…というと、うまく答えられないところがあります。つまり、意識、無意識、超自我という名称からは、性格類型が浮かび上がってこないのですね。
<ユングのタイプ論>
その点ユングは、「タイプ論」という性格論を発表しています。心的エネルギーの流れ(方向)で、「内向」一「外向」にまず2分し、その上で、「思考」と「感情」の縦軸、「感覚」と「直観」の横軸を組み合わせ、8つのタイプ(内向思考タイプ、外向思考タイプ、内向感情タイプ…など)で性格類型を捉えました。
それぞれの性格に対する解説を読むと「なるほど…」と理解につながるのですが、8つのタイプ名称が抽象的なのですね。名称からイメージされる性格と、理論上定義された対象者の性格が、すぐには結びつかないと感じられます。というのも、この理論はフロイトとアドラーの性格の違い(そしてユング自身の立ち位置)を明確化させようとして、考え抜いた末編み出したものなのですが、フロイトは客体に関心を持つ「外向型」、アドラーは主体に関心を持つ「内向型」としています。
両者の業績を、活動面で捉えた場合、フロイトは「書く人…著述家」、つまり静的イメージ、一方のアドラーは「話す人…講演者」、なので動的イメージです。つまり、「難解」なのですね。
<アドラーのライフスタイル分析>
ではアドラーは性格をどうとらえているのか、というと、「ライフスタイル分析」となります。これについては、アドラー自身というより後継者の業績となるのですが、ゲッター、コントローラー、ドライバー、ベイビー、エキサイトメントシーカー、プリーザーなど、ニックネームを充てており、フロイト、ユングと比べて、「わかりやすさ」ではアドラーに軍配が上がりそうです(昨年10月6日のコラムで取り上げました)。
さて本題の交流分析の「構造分析」は、心理学の巨人3者とは本質的に異なっています。3巨人の理論は、端的に捉えると「Aさんは○のタイプ、Bさん△、そしてCさんは■というタイプである」と、対象者の性格を「決めていく」のですね(ただしアドラーは少し慎重でした)。
人は相手によって、その人がもつ5のタイプを使い分けて対応する。
一方、交流分析は、1人の人間の内部に5つのタイプが併存しており、相手によってその5つのタイプを、出したり引っ込めたりしながら対応していく、という前提に立ちます。
上記<自我構造である5つの要素>… CP、NP、A、FC、NC …という象徴的自我状態を提示し、この強弱のバランスで性格を分析し、置かれた状況での自我の構成を確認していきます。
ただ人によって、5つの強弱に違い、偏りがあるので、「5つのウエイトはどうなっているのか」を自己発見する分析ツールが用意されています。それが「エゴグラム」です。
象徴化された名称の5つはとても明快で、誰もが同じイメージを共有できますよね。冒頭で私は、「交流分析は精神分析の口語版である」、このキャッチフレーズに違和感を覚える…とコメントしましたが、この「わかりやすく腑に落ちる」という意味では、納得するところです。
今回のコラムは、「モザイク状の多面体とは何を意味しているのか…」についてアプローチすることが目的です。モザイクの意味を調べて最初に出てくるのは、「ガラス・貝殻・エナメル・石・木などをちりばめて、図案・絵画などを表した装飾物。(広辞苑)」ですが、別の意味として「一個の生物体に一つあるいはそれ以上の遺伝的に異なる形質が現われる現象。(比喩的に) いろいろなものが寄せ集まったもの。さまざまの種類の断片的な要素をひとつに集めて一望できるようにしたもの。(精選日本国語大辞典)」というのがありました。
中野信子さんが語る「多面体」、そして一人の作家が創りだす「自分の分身だと読者に錯覚させる別人格」…このことを考える上で、交流分析が役立つことを理解いただけたでしょうか?
次回のコラムでは、交流分析の実践編である「交流パターン分析」を解説してみましょう。
坂本 樹志 (日向 薫)
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